2005年1月4日 - 西彼杵郡高島町から長崎市に編入。
端島(軍艦島)・中ノ島・飛島の4つの島の中心にある高島は、総面積が1.34k㎡で唯一の有人島
長崎市内中心部から南西約14.5kmに位置し、周囲約6.4kmの小さな島で長崎市大波止からフェリーで40分程度
高島はかつて明治から昭和平成と炭鉱で栄えましたが、現在の高島は周囲に広がる美しい海を活かしシーカヤック体験や、シュノーケリング体験ができる人工の海水浴場、飛島磯釣り公園などを整備しシーズンは多くの客で賑わいます。
2015年に世界文化遺産として「明治日本の産業革命遺産」の1つである、高島炭坑の北渓井坑跡の史跡もが残る魅力ある歴史の島として生まれ変わりつつあります。
トーマスグラバーや三菱創始者岩崎弥太郎などゆかりの地でもある、企業主導経済の地、まだまだ観光地化されてないありのままの島をぜひ訪れてください。


高島LOVERS

高島炭坑(北渓井坑跡)は、外国資本と外国技術が我が国で初めて導入された炭坑で現在も竪坑をはじめ周辺に蒸気機関の痕跡とみられる遺構が地中に良好に残存している、近代的炭坑技術初期の姿を伝える代表的な遺跡です。
長崎半島の西沖合に位置する高島では、18世紀頃から採炭事業が始まりました。日本の開港後、長崎は石炭運搬や欧米諸国の蒸気船の石炭補給拠点としての役割を担いました。
外国の蒸気船の燃料として高まった石炭の需要を受け、1868年に佐賀藩とグラバー商会は、高島炭坑開発の共同経営を開始。英国人技師モーリスを招き、日本最初の蒸気機関による竪坑を高島に開坑しました。翌1869年に深さ43mで着炭し、北渓井坑(ほっけいせいこう)と命名されました。北渓井坑は、坑外に蒸気機関を設置して、巻揚機で炭箱を上下し、石炭を地上に運搬しました。また、蒸気ポンプを据え付け排水し、風車を坑外に置いて換気をしました。
西洋の最新技術と機械が導入され、日本最初の蒸気機関によって海底炭田を掘る近代炭坑が誕生したのです。

日本石炭産業の礎を築いた高島炭坑

高島炭坑は日に300トンの出炭量を記録したとされますが、1876年海水の浸入により廃坑となりました。しかし、この旧来の技術を一新した石炭生産技術は、その後、端島炭坑や三池炭鉱に伝わり、わが国の炭鉱開発につながっていきました。
現在、高島には、当時の竪坑の坑口がいくつか残っており、北渓井坑跡は2014年に国指定史跡となっています。また、島内には、炭鉱開発にあたったグラバーの別邸がありました。

グラバー別邸

慶応4年(1868)、スコットランド出身の貿易商人トーマス・ブレーク・グラバーは高島炭坑の開発にあたり、明治初期にかつて高島本島とは離れた小島だったこの地に橋を架け、洋式の別邸を建てて炭鉱経営の拠点としました。ここから長崎の南山手の自宅との間に電話線を引いたのがわが国最初の私設電話だといわれています。
現在の三角屋根は後に展望所として整備された際に設置されたものですが、周囲には建物の基礎石や井戸跡、排泄物を処理したと思われる便器跡などが残されています。また、当時船をつけた下の船着場までの通路は今も散策路として通ることができます。

炭坑の町から観光の町へ変わり続ける高島

高島の炭坑の最盛期は昭和30~40年代の始め頃で、昭和43年には高島の人口が1万8千人を超えたという記録があります。
現在は人口300人ほどの町ですが、豊かな自然を活かした観光に力を入れており【高島飛島磯釣公園】【海水温浴施設「いやしの湯」】【高島海水浴場】などの観光施設が設備され1998年には年間4万人の観光客が訪れています。

・トーマス・ブレーク・グラバー Thomas Blake Glover (1838~1911)

高島炭坑に近代的な西洋技術を採用した開坑の祖
スコットランド出身の貿易商人。21歳の時に開港と同時に長崎に来日し、グラバー商会を設立しました。1868(慶応4)年、グラバーは佐賀藩と高島炭坑共同経営契約を結び、合弁会社を設立しました。グラバーは炭坑の開発にともないイギリスから技術者たちを呼び寄せ、蒸気機関により捲揚機やポンプなどの西洋技術を採用して、深さ43メートルにも及ぶ竪坑を完成させました。これが日本で最初に近代的採炭法を導入した炭坑「北渓井坑」です。

岩崎彌太郎 Yataro Iwasaki (1835~1885)

高島炭坑を大炭鉱へと導いた三菱の創業者
三菱の創業者。土佐国安芸郡出身。高島炭坑は佐賀藩とグラバーが手を結ぶことで、近代的操業に成功しましたが、グラバー商会が倒産すると経営に行き詰まりました。その後、後藤象二郎の蓬莱社が払い下げを受け操業しましたが、やはり資金繰りに苦しみ、窮地に陥ります。それを見かねた福沢諭吉と大隈重信が当時日の出の勢いの彌太郎に買取りを進言。彌太郎は高島炭坑を買い取りました。その後、高島炭坑は見事に復活を遂げ、1986(昭和61)年の閉山まで実に5500万トンもの出炭を記録しました。

鍋島直正 Naomasa Nabeshima (1815~1871)

先見の明あり! グラバーと手を結んだ佐賀藩主
佐賀藩10代藩主。1831(天保2)年に家督を継ぎ、藩財政の立て直しを図り、幕命による長崎警備に全力を注ぎました。医学教育施設の設置、日本初の反射炉の築造、日本初の蒸気車・蒸気船雛形を完成させるなど、諸藩に先駆け西洋文明の導入に取り組んだことでも知られています。また高島の炭坑にも目を向け、グラバーと契約を結ぶことで、洋式技術による石炭採掘を目指し、見事に成功させました。

小山秀 Hiide Koyama (1828~1898)

日本初の近代的炭坑を手掛けた長崎の名大工
熊本県天草郡出身。兄に継いで土木事業を営み、外国人居留地の造成や建築を請け負いました。旧グラバー住宅、大浦天主堂、旧オルト住宅、旧リンガー住宅などを手掛けた長崎の名大工として知られています。グラバーと親密な関係を築いていた小山は、グラバーと協同で高島炭坑を経営し、日本で最初に近代的採炭法を導入した「北渓井坑」の設計施行も請け負いました。また高島の小島に建てられたグラバーの別邸も小山が手掛けたものです。

後藤象二郎 Shojiro Goto (1838~1897)

高島炭坑を経営するも、窮地に追い込まれる。
土佐藩士。土佐藩の武器や物資の輸出入を扱う「開成館」の奉行を務め、明治維新後は大阪府知事などを経て、1871(明治4)年から「蓬莱社」を経営しました。グラバー商会倒産後、官有となっていた高島炭坑の払い下げを受け、「後藤炭坑舎」として操業を開始。しかし南洋井坑でガス爆発が起き、翌年には北渓井坑の廃坑、さらには坑夫の暴動などが相次ぎ、経営は立ち行かなくなりました。この窮地を救ったのが岩崎彌太郎です。彼は象二郎の借金約97万余円を肩代わりして高島炭坑を譲り受け、「高島炭坑事務所」として本格的な炭坑経営に乗り出しました。

※必要な情報にカーソルを合わせてご覧下さい。

高島町人口・世帯数

平成30年10月末
男性172人・女性190人
合計人口:362名
世帯数:251
・・・・・・・・・
平成29年3月末
男性183名・女性205名
合計人口:388名
世帯数:270

 2010年(平成22年10月国勢調査)
人口:498
2005年1月4日 - 伊王島町・香焼町・三和町・外海町・高島町・野母崎町が長崎市に編入。
2004年(平成16年)
6月30日 住民基本台帳
合併前高島町人口
872人
 

高島は海水浴場・キャンプ場、磯釣り公園、海水温浴施設「いやしの湯」、運動公園など整備されています。
炭坑で栄えた歴史がありますが、炭坑閉山後31年経過して、現在は海洋レジャー・レクレーションの楽しめる、まだ観光地化が進んでいない知る人ぞ知る離島です。
島内の「北渓井坑跡 」は2009年(平成21年)「九州・山口の近代化産業遺産群」の一つとして世界遺産暫定リストに追加掲載
高島町端島(通称「軍艦島」)

2015年7月にユネスコにて、世界文化遺産認定「高島炭鉱」

人工海水浴場内でサンゴ礁や熱帯魚観察が可能です。
高島から軍艦島クルージングなどシーカヤックレンタルが行われています。
高島地域センター095-896-3110
飛島磯釣り公園・長崎市委託事業(委託事業所:西彼南部漁業共同組合高島支所095-896-4900
いやしの湯・長崎市委託事業(委託事業所:高島振興協同組合)
キャンプ場&海水浴場・長崎市委託事業(委託事業所:高島振興協同組合)
シュノーケリング・「やったろうde高島」095-896-3510
シーカヤック・「高島LOVERS」 095-896-2020
高島(たかしま)は、九州北西部の長崎半島西沖合にある島。
全島が長崎県長崎市(2005年1月4日西彼杵郡 - 伊王島町・香焼町・三和町・外海町・高島町・野母崎町が長崎市に編入)に属する。
面積:約1.21平方km
  (歴史については諸説あります)
1185年 平家の落武者が高島にたどり着いて住みついたといわれる。
1695年 高島で石炭を発見。
1710年ごろ 高島で石炭採掘が事業化。

1868年 トーマス・グラバーと佐賀藩の合弁により高島炭鉱が本格的に稼動。
1881年(明治14年) 高島炭鉱を三菱の岩崎彌太郎に譲渡。

1955年(昭和30年) 高島炭鉱の支鉱のあった端島が西彼杵郡高浜村より編入。
1974年(昭和49年) 端島炭鉱(正式には高島炭鉱の支鉱)が閉山、端島が無人化。

1986年(昭和61年)11月 高島炭鉱が閉山。

1997年(平成9年) 飛島磯釣り公園・海水浴場がオープン。
2001年(平成13年) 三菱マテリアルの私有地であった端島が、高島町へ無償譲渡される。

2005年(平成17年)1月4日 長崎市へ編入、長崎市高島町となった。

2015年(平成27年)7月4日 高島炭坑として、世界文化遺産に認定。

島は古第三紀高島層からなり、最高峰の権現山(114m)が島中央部のやや北方にある。
全体にケスタ地形をなし、北側海岸は急な崖となっている。
もとは高島本島と属島の上二子島・下二子島・飛島があったが、上下二子島と本島は炭鉱からのボタで埋め立てられ陸続きとなり、そこに高層アパートが林立した。
また、飛島も防波堤により陸続きとなっている。
歴史伝説では平家の落人が初めて島に住んだと伝えられるが、江戸時代以前に確実に常住者がいた記録はない。
江戸時代には佐賀藩領となり、1642年(寛永19年)に同藩によって長崎港警備のための遠見番所が置かれた。
1695年(元禄8年)には島内で石炭が発見され、伊万里・波佐見における製陶用燃料として用いられた。
明治以降は高島炭鉱が島の主産業の座を占めていたが1986年(昭和61年)に閉山後は人口が急減した。
産業江戸時代初期から採掘が始まっていた高島炭鉱が明治時代初期に英国の武器商人トーマス・グラバーらによって本格的な近代炭鉱として開発された。
1965年(昭和40年)ごろには従業員約3,000人、年間出炭量約127万tに達したがその後漸減
1985年(昭和60年)頃には年間出炭量約65万tまでに低落した。
同年の坑内事故、生産調整等により1986年(昭和61年)11月27日をもって高島炭鉱は閉山された。
閉山後は磯釣り公園の整備等を行い観光開発を模索しているほか、トマトのハウス栽培やヒラメなどの稚魚養殖が行われている。
(wikipediaより)
高島は現在観光地化へと歩み始めていますが、長崎市合併から10年余り経ち建物の老朽化が進み、テニスコートやキャンプ場施設など管理体制が行き届いていない。
海水浴場・キャンプ場、磯釣り公園、海水温浴施設「いやしの湯」、運動公園などが整備された海洋レジャー・レクレーションの島 として生まれ変わろうとしているが、時代に合わない施設、また老朽化や委託事業者による管理の曖昧さサービスの低下、助成金の使い道など再考しなけれないけない状況である。
新しい事業として人気があるのが、2012年人工海水浴場での熱帯魚と珊瑚礁生息観察シュノーケリング事業。
2014年からは新しい移住者によるレンタルシーカヤックや飲食事業などが行われています。
2015年からは気軽に高島から少人数参加出来る、高島の沖に浮かぶ端島、(平成27年)世界産業遺産として注目されている軍艦島を見学するクルージングも可能。

軍艦島など23の産業革命施設、世界遺産へ登録勧告

 政府は4日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の諮問機関が、幕末から明治にかけての重工業施設を中心とした「明治日本の産業革命遺産」(福岡など8県)を世界文化遺産に登録するよう勧告したと発表した。6月28~7月8日にドイツ・ボンで開かれる世界遺産委員会で正式に決まる見通し。登録が決まれば、「富士山」(山梨県、静岡県)、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)に続き3年連続で、日本の世界文化遺産は国内15件目。自然遺産も含めた世界遺産全体では19件目になる。

ドイツのボンで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は5日、日本が推薦した「明治日本の産業革命遺産」(製鉄・製鋼、造船、石炭産業)の世界文化遺産登録を決定。
今回の構成遺産の8つの資産を抱えているのが長崎県、全て長崎市内にあり、長崎造船所関連として「長崎造船所 小菅修船場跡」「長崎造船所 第三船渠」「長崎造船所 ジャイアント・カンチレバークレーン」「長崎造船所 旧木型場」「長崎造船所 占勝閣」、炭鉱関連として「高島炭鉱」「端島炭鉱」、日本に西洋美術を伝えたグラバーの拠点として「旧グラバー住宅」が世界遺産に登録されました。
「高島炭坑」
長崎半島の西沖合に位置する高島では、1695(元禄8)年に平戸の領民「五平太」によって石炭が発見され、宝永の頃(1704~1710年)に採炭事業が始まりました。
 19世紀に入り、イギリスをはじめとする欧米列強は、アジアへの進出を図り、日本の開港により、長崎は石炭運搬や欧米列強の蒸気船のための石炭補給拠点としての役割を担いました。 こうした外国の蒸気船の燃料として高まった石炭の需要を受け、1868(慶応4)年に佐賀藩とグラバー商会は、高島炭坑開発の共同経営を開始し、英国人技師モーリスを招き、日本最初の蒸気機関による竪坑を高島に開坑しました。翌1869(明治2)年に深さ43mで着炭し、北渓井坑(ほっけいせいこう)と命名されました。
 北渓井坑は、坑外に蒸気機関を設置して巻揚機で炭箱を上下し、石炭を地上に運搬しました。また蒸気ポンプを据え付け排水し、風車を坑外に置いて換気をしました。 また、北渓井坑は、西洋の最新技術と機械が導入された日本最初の蒸気機関によって海底炭田を掘る竪坑で、日に300トンの出炭量を記録したとされますが、1876(明治9)年海水の浸入により廃坑となりました。この石炭生産技術は、その後、筑豊や三池炭鉱に伝わり、旧来の技術を一新し、わが国の炭鉱開発につながっていきました。
現在、高島には、坑口などの炭坑遺構が多数残っているほか、高島炭坑の開発にあたったトーマス・ブレーク・グラバーが高島における経営の拠点としたグラバー別邸の遺構があります。
2014年に高島北渓井坑跡は国指定史跡・2015年7月ドイツのボンで行われたユネスコ世界文化遺産認定決定いたしました。
高島地域センター(2017年10月組織再編・前行政センター)
住所〒851-1315 長崎市高島町1728-1
電話番号095-896-3110FAX番号095-896-2316
運営時間平日 (午前8時45分~午後5時30分)休業日(土曜日・日曜日・祝日・12月29日~翌年1月3日)
〒851-1315 長崎県長崎市高島町2706番地
TEL(095)896-2050 FAX(095)896-2280
 
電気・建設土木:高島建設工業株式会社
〒851-1315 長崎県長崎市高島町2708
TEL(095)896-2047
 
ガス:スーパー高島
〒851-1315 長崎県長崎市高島町2707−12
TEL(095)896-2031
 
西彼南部漁業共同組合高島支所
〒851-1315 長崎県長崎市高島町1156
電話:095-896-2128
 
高島振興協同組合
〒851-1315 長崎市高島町2709-5
TEL/FAX 095-896-3511
 

株式会社長崎高島水産センター

「業界に誇れる良質な製品づくりを通しての地域の雇用・経済への貢献」の経営理念の下、高島の美しい海の水で魚介類の養殖・加工・販売、水産種苗の生産・販売を行っております。
代表者, 代表取締役 多良 敏男
○本社・高島事業所
〒851-1315 長崎県長崎市高島町2706番地.
TEL:095-896-2610. FAX :095-896-2187.
E-mail:syubyou@proof.ocn.ne.jp
 

崎永海運株式会社:たかしま農園(高島フルーティトマト)

たかしま農園のトマトは、愛情も栄養もたっぷり。ずっしり甘いトマトです。
豊かな環境、作り手の熱い思いなどたくさんの思いがつまったたかしま農園。
〒851-1315 長崎県長崎市高島町2707
095-896-2296. Fax.095-896-2644
info@takashima-nouen.com
 

一般社団法人LOVE LOCAL JAPAN

website

高島町ブルーツーリズム協議会

Highisland Lovers:高島LOVERS

長崎市立高島幼稚園
住所:長崎県長崎市高島町2709-11
電話番号095-896-2075
 
長崎市立高島小学校
住所:〒851-1315 長崎県長崎市高島町1947番地2
TEL095-896-3018・2017 FAX095-896-2201
 
長崎市立高島中学校
住所:〒851-1315 長崎県長崎市高島町1947番地2
Tel 095-896-3018・2017Fax 095-896-2201
・グラバー別邸跡(高島北側小島周辺松林)
・北渓 井坑(ほっけいせいこう)(日本初西洋式炭坑・明治時代)
※産業世界遺産候補地
・石炭資料館(高島港から歩いて2分)
・軍艦島クルーズ高島海上交通~「軍艦島上陸クルーズ」
〒850-0035 長崎県長崎市元船町11番22号
TEL:095-895-8410 / FAX:095-895-8418

端島(通称:軍艦島)

海底炭坑の島

明治23年(1891年)より昭和49年(1969年)の閉山まで、三菱社の経営により84年のにわたって、主に八幡製鉄所に向けた良質の製鉄用原料炭を供給しました。 我が国の近代工業化を下から支えてきた海底炭鉱の島。それが端島(軍艦島)なのです。

沿岸堤防の拡張

軍艦島の直下垂直1,000mを超える深海底に数km3の広大な鉱区を抱え 最盛期には、41万トンを超える出炭がありました。 当初、それは洋上の一岩礁でしかすぎなかっのです。 しかし、採掘技術の発達につれ、鉱区が拡張されるにともなって、軍艦島の周辺を埋め立てながら、沿岸堤防の拡張を繰り返し、拡大形成されていったのです。

超高密度人口の島

炭鉱の開発と同時に、そこで働く人々のための住宅群の建設が盛んに行われました。 大正5年(1950年)以降、当時の日本ではまだ実験的段階であった鉄筋コンクリート構造の高層アパートが次々に建てられてゆきました。 敗戦をはさむほぼ10年間の厳しい時代にさえ、途切れることなく建設が続けられました。 最終的には50棟に近い建築郡が ジャングルジムのように林立し、さながら軍艦のような外観を見せる人工の島を形成しました。 最盛期の昭和30年ごろには、島内の居住者が5,300人を超え、1ヘクタール当たり1,400人を超す、超高密度人口を擁していました。

日本列島の縮図

昭和30年代の後半から石炭から石油へのエネルギー転換政策のもとで、次第に合理化の波による緊縮化が進ました。 昭和49年1月、ついに炭鉱の幕を閉じ、同年4月以降は全くの無人島として放置されて現在にいたっています。 この軍艦島には会社ぐるみの地縁的共同社会の存在がみられ、生活に必要なあらゆる共同施設が立体的に組み込まれており、島内だけで完結した一つの都市空間が凝縮されて形成されていました。 軍艦島の歴史や様相はあらゆる意味で 「日本列島の縮図」といわれています。
・高島警察官駐在所095-896-2110
  • 〒851-1315 長崎市高島町2706番地8
・長崎市南消防署高島出張所〒851-1315
  • 長崎県長崎市高島町2678095-896-3333
・高島国民健康保険診療所〒851-1315 
  • 長崎市高島町1727番地1電話番号095-896-2048FAX番号095-896-2026
・救急艇(たかしま丸委託事業所:西彼南部漁業共同組合高島支所)095-896-4900
  • 急病やけが人搬送24時間対応(診療所診察し、急を要する場合救急艇出動要請を医院長が行う)
・高島郵便局
  • 長崎県長崎市高島町2706−36
  • 095-896-2042高島港(長崎市)から徒歩約5分
・親和銀行(CDのみ)高島港から歩いて3分、高島交番隣り
  • 〒851-1315 長崎市高島町2706-8ATM営業時間平 日のみ/ 8:45~18:00ATM設置台数1 台
シュノーケル「やったろうde高島」
シーカヤック・水上バイク「高島LOVERS」
高島飛島磯釣り公園海水浴場
  • (日本の海水浴場88選に選ばれたとてもきれいな海です。砂浜からすぐ近くに珊瑚礁もあり気軽なシュノーケリングを行えます、クマノミ等の熱帯魚が生息しています。)
キャンプ場・銭湯・総合運動場・テニスコート・体育館
高島市場(日曜日定休)
  • えびす屋
  • ・山田屋
  • ・増田商店(平成30年3月31日廃業)
  • ・増田美容室
  スーパー高島(日用品・雑貨・野菜・お肉・菓子ほか)(日曜日定休)
千屋衣料品店(地域センター向かい)
丸峰商店(和菓子) 平成27年11月廃業
野崎商店(酒店)平成27年4月廃業
田中商店(酒店)
(有)たかしま石油 095-896-(ガソリン・灯油)
〒851-1315 長崎県長崎市高島町2706  ☎095-896-2138

【飲食店】

小林食堂・ターミナル内(095-896-2029)営業時間10:00-15:00 定休日年始
 平成27年2月廃業しました。

なかよし(五平太施設内1F)095-896-2103 営業時間17:00-21:00 日曜定休

 

高島ベースカフェ

【珈琲・バーガー・軽食・ランチ・パン】
095-896-2020 営業時間10:00~18:00 月曜日定休
・Greens CAFE
・BLUE CAFE

ナナイロ・キッチン2017.06/11OPEN

営業時間9:30-22:00(中休みあり)
高島ターミナル内・お食事・お酒

高島の土産品

養殖ヒラメ(高島水産センター)
高島トマト(高島トマト農園)
高島もなか(三峰商店)
トマトパスタ・アロエパスタ(えびすや)
シーグラス「COCNUT」・革細工「Voile」・石炭ネックレス「Ko'u Makana」...(高島ベース内)10:00-18:00
レインボウショップ(ターミナル内)9:00〜17:00

・フェリー長崎汽船フェリー

長崎市大波止港から約40分(伊王島を経由)1日8往復

・バス(富川運送)島内どこまでも100円※乗車時にお支払い

2013年から島暮らしをしている島民から!

定住情報 高島

島での収入は・・・
平成22年に海を活用したブルーツーリズムを行うべく、地域団体「やったろうde高島」立ち上がりました。(シュノーケリング事業を展開中)また2013年新しく島に移住をした人たちの「高島LOVERS」(このサイトもそうです)が生活の場として「New LoCAL LiFE」などを目標に掲げ活動を始め、平成29年10月「一般社団法人LOVE LOCAL JAPAN」立ち上げ積極的に島民生活向上など地域活動をしております。(カフェ・シーカヤック・水上バイクetc)P.W.R水難救助レスキュー,ライフガードなどの活動を行なっております。
現時点でツーリズムのみで生計を立てることは不可能ではありません、しかしバイタリティが必要です。
他に島内で仕事を持つには島内行政に関わる仕事や委託管理の仕事等ありますが、待機などの必要があります。
漁師等現在減少傾向にあり、漁師希望者等受け入れは出来る様です。
起業するパワーがあれば可能性は十分にあります。
農地は市民菜園がありますが、農業を生業としては販路確保と島内販売は可能ですが生業としてやっぱり難しいでしょう。

医療の状況

・島内には診療所が1つあります、医師1人看護師3人体制で島民の健康を守っています。
・急患は、本土まで約25分の救急艇が24時間体制で待機しています。
また長崎県の救急ドクターヘリで本土の総合病院へも運んでいます。

住居の状況(貸家、空 き家など)

・島内の約80%ほどの住民が市営・県営住宅で暮らしています。
この市営住宅は、炭鉱閉山まで炭鉱住宅として活用された9棟と新しく建てられた2棟です。(平成30年現在耐震のために徐々に島民は新しいA・B・Cの市営住宅へ引越しを余儀なくされております。その際に島外への引越しなどにもなり人口減少に影響しております)
・島内には民間の住宅の空き家がほとんど老朽化が進み、賃貸などには不向きになってます。
タイミングが合えば、使える民間住宅が無償で手に入る可能性はあります。
基本的に新しい移住者は島内の方とつながりがなければ、市営住宅に入居していただくことになります。
・市営住宅は、お風呂がない住宅もあります。
・市営住宅の空きはあります。
・市営住宅の家賃は、収入状況によりますが、月額約1万円から約3万円となります。

上下水道・ガス・電気

・島内の水道水は、本土より海底送水管を用いて各家庭等に給水しています。(浄水器などの器具を必ず使ったほうがいいでしょう)
・島内の下水道普及率は100%です。
・ガスはプロパン(LP)ガスで、月額は¥2000が使用料にプラスです。(スーパー高島運営)
・電気は、海底送電線を用いて各家庭等に九州電力が送電しています。
・メガソーラー施設がありますが、長崎市委託事業の売電目的です。
(風力発電施設は火災の為消失し現在はありません)
・インターネット環境(光通信はありません・ADSLも速度が遅い・wifiルーターは各社使えます)

本土との交通手段な ど

・高速船「コバルトクイーン号」が「高島⇔本土 大波止」間約40分、1日9便運航しています。
・高速船「鷹巣・俊寛号」が「高島⇔本土 大波止」間約40分、1日8便運航しています。
(2017年6月19日より時間変更と1日8便に減便になりました。)
・島内は循環バス(大人¥100で利用出来ます)が船の発着に合わせて運航しています。
・レンタ電動サイクルと電気自動車貸し出し(事前予約が必要・ターミナル内インフォメーション)
・島民は、徒歩・自家用車(主に軽自動車)や原付バイクによる移動が主流です。

買い物場所・物価の 状況

買い物場所は 商店(市設市場3軒)、スーパー高島、田中酒店、食事場所は3軒しかありません。(平成30年3月現在)
物価例: 米5kg約2400円〜3,000円
卵10個入245円〜350円
ガソリン1リットル約170円前後です。(2018年)
主に島民は長崎市内へ出掛けられた時など 買い物をしてます。

福祉環境の状況

・養護老人ホーム「高砂園」が1箇所・デイサービス「ふれあいの里」があります。

教育環境の状況

・島内には保育園・幼稚園、小中一貫校があります。(平成30年現在約14名)
園児、児童、生徒合わせて子供の数は20人程度です。(2017年)
・島内の子どもたちは、保育所や幼稚園から顔なじみのため、みな兄弟姉妹のような関係で年長者は年少者の面倒をよくみてくれます。
・島内には高校がないため、本土の高校へ通学しています。

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